妊娠出産のお役立ち情報

壮絶な出産体験談とそこから学んだことを赤裸々にお伝えします!

妊婦

出産について凄く辛い経験談を持っていたり、もうすぐ出産を控えていて経験談を色々と調べている人も多いのではないでしょうか?

私は「母の出産ストーリー」を聞き、とても衝撃を受けたので、昔はこんな出産もあったのだと知っていただく為にもあなたに共有できたらと思います。

それとともに、母とは比にならないかもしれませんが、自分もわりと苦労した方だと思っているので、私の第一子出産体験とそこから学んだことについてもお伝えさせていただこうかと思います。

母の出産ストーリー

双子、出産

妊娠中

母は、双子を身籠っていた為、お腹が極端に大きく、悪阻は臨月まで続きました。

昔の医療知識では、「双子は動いたらダメ」と医師から言わていたので、妊娠中期すぎても動かないようにしていると、気づけば体重が25キロも増えてしまいました。

妊娠中に外出する度に、自分のお腹を奇妙な人でも見るかのようにジロジロ見られるのが凄く辛かったようです。

出産

予定日を4日過ぎても生まれず、お腹が大きくなりすぎ感覚が麻痺し、破水していることにも気づかなかったようです。

ようやく陣痛がきたかと思えば、この上ない痛みで、陣痛に耐えること16時間

赤ちゃんが出てこれず、普通分娩で産むことができないと判断され、緊急帝王切開に至りました。

赤ちゃんが出てこれなかった理由は、双子は二人とも苦しい状態で、二人の頭が同時に産道を通ろうとした結果、譲ることも進むこともできなかったからです。

お腹を切るしか方法がなく、やむなく緊急帝王切開に至りました。

母の陣痛の最中、担当医がゴルフに出かけていて、状況を聞いて急いで病院へ戻ってきたそうです。

急遽、帝王切開と決まれば、本来であれば入院の準備段階でする誓約書や血液検査等を、陣痛で意識が朦朧とする中やらなければならず、辛かったそうです。

局部麻酔はしてくれたものの、麻酔が切れると痛みが出ましたが、一度しか麻酔をしてもらえず、その後何度も痛みで意識が遠のき、生まれたての私の顔を見ただけでその後に産声を上げた妹の顔は見れなかったとのことでした。

産後

母は開腹による高熱が1週間続き、その後も1ヶ月間微熱に悩まされました。

母の顔は浮腫みでパンパンに腫れ上がり、腰痛も腹痛もありました。

本当に散々だったそうです。

感じたこと

いかがでしょうか?

母は当時、助産師さんに「昔の医療技術だと母体も赤ちゃんも3人とも命が危険な状態だった」と言われたそうです。

話を聞いて、通常では考えられないぐらいの難産だったので驚きましたが、自分を死ぬ気で出産してくれたことに大変感謝しました。

私は妊娠当時、自分も「何があってもこの子を産んで守ってあげないと」と誓ったのを覚えています。

では次に、私の出産ストーリーをお伝えさせていただきますね。

私の出産ストーリー

出産

3月12日 17時13分

待望の第一子(娘)を出産しました。

夫婦の予想を遥かに超える3,630g、身長55㎝のビッグベビーでした。

出産(3月12日)までの経緯

3月8日

前駆陣痛のお腹の痛みで寝れず、夜通しうなされる。

 

3月9日

前駆陣痛から5~7分間隔の微弱陣痛に変わったものの、寝不足が原因で、一向に強い陣痛に変わらず、病院にて検診のみで帰宅。

 

3月10日

5~7分間隔の微弱陣痛2日目。

陣痛ほどの究極な痛みではなく、生理痛のキツイ程度の痛みで、眠ることはできないが歩けない程の痛みでもないので自宅待機で我慢。

 

3月11日

5~7分間隔の微弱陣痛3日目。

睡眠不足がピークに。

お昼も眠たくて寝たいのにお腹の痛みで眠れず、心身ともに相当疲れる。

夜、微弱陣痛が長引くことにより体力消耗で辛くて病院へ行こうと自ら電話。

とにかく一度診てみましょうという助産師さんの判断を仰ぐ。

23時、病院へ到着。

3分間隔の陣痛にも関わらず、微弱陣痛のままでは産むことができないとのこと。

急遽、やむなく翌日朝8時から陣痛促進剤を使うことになる。

夜は病院で寝て出産までに体力を回復して下さいと言われるも、5分間隔の微弱陣痛で眠れるわけもなく、一夜を病院にて過ごす。

 

3月12日(出産当日)

8時、陣痛促進剤を使う。

その後、徐々に微弱陣痛ではない本陣痛を初めて経験

12時、お昼ご飯もろくに食べられなかったが、体力をつける為に、陣痛が止めばご飯を主人に口に入れてもらい、陣痛の波が来ればひたすら耐えるという動作の繰り返し。

4日間の睡眠不足で体力も低下し、意識が朦朧とする中、陣痛の波で2分寝ては1分いきみ逃しを繰り返すというハードな時間を8時間過ごす

16時、分娩台に移動。

陣痛室で体力を全て使い果たしてしまった為、もはや分娩室ではいきむ力が一切残っていない

意識が朦朧とし、痛みで何度も失神する

陣痛の波で、また意識が戻るものの、痛みでまた意識がとぶ。

いきむ力もなく、助産師さんの掛け声に合わせていきむことが出来ず、赤ちゃんの頭すら見えない。

助産師さんの判断で急遽医師を呼ぶが担当医が他の患者を診察中

再び意識がなくなる。

生まれた瞬間の医者の叫び声で意識が戻り、初めて赤ちゃんとご対面。

気付いた時には助産師さん7人と医者が分娩室に集まっていた。

医者が私の胸の下に馬乗りでお腹を押さえ、赤ちゃんが吸引分娩されていた。

考察

出産、体験談

以上が私のお産の経緯です。

微弱陣痛の4日間を除くと、病院到着からお産にかかった総時間は18時間程度です。

18時間はそこまで長い時間ではないですが、微弱陣痛で本当に思うように陣痛が進まず、体力を消耗しきっていた上に大きな赤ちゃんだったので、私の身体にとっては相当な負担でした。

あれ程の苦しみを経験をしたのはこれまで生きてきて初めてでした。

正直、分娩台の上で痛みの渦中で漠然とした不安と焦燥感にかられ、意識が遠のく際には不謹慎ですがもうダメかもと思いました。

帝王切開ではなかったものの、陣痛促進剤吸引分娩医者馬乗りと色々な経験をしました。

立会い出産だったので、主人も汗だくになりながらいきみ逃しに付き合い、私の汗を拭いたり食べ物や飲み物を口に運んだり、うちわで扇いだりしてくれていました。

主人がいてくれなかったら1人では絶対に乗り越えられていないし、陣痛から最後まで付き添ってくれた主人に感謝しています。

そして、生まれるまで心拍が下がらず元気でいてくれた娘にも感謝しています。

そして、自分の母親含め世の中のお母さんにも、感謝と尊敬の気持ちでいっぱいです。

もう二度と経験したくはないと思いましたが、私はこの出産でたくさんの事を学ばせていただきました。

学んだこと

睡眠はしっかりととる」これに尽きます。

当たり前のことだとお叱りを受けそうですが、これが妊娠中は案外難しいものです。

お腹の痛みや胎動でなかなか眠れないものです。

また、私は自分で言うのもなんですが、結構ストイックに運動していました。

  • マタニティビクスは週に1度全身を使って激しく動く
  • 自宅では筋トレ階段の昇り降り
  • ウォーキング2時間
  • 下半身マッサージ
  • 柔軟体操

臨月の頃はこれを毎日こなしていました。どれも出産を軽減させる為の努力でした。

でも私は、「眠る」という行為を怠ってしまったのです。

微弱陣痛で眠れなかったと言ってしまうとそれまでですが、私は夜にスマホをいじり、妊娠中のことについて検索したり、動画を観たりして本気で寝ようとはしませんでした。

昼間も運動のために出掛け、家でくつろぐこともあまりなく、夜の寝不足の分は昼寝を数分する程度でした。

それが結果として大きな睡眠不足を招いてしまったのです。

本当に眠りたい時には陣痛で眠れませんでした。

長引く微弱陣痛では、体力を消耗するだけでいくら経っても本陣痛にはならず、一向にお産が進みません。

ですから、身体を休ませることは本当に大切なのです。

私のようにいくら運動していても、寝不足であれば体力も無くなるので台無しです。

そのパフォーマンスが一切発揮できずに私の出産は終わりました。

私は「こんなはずじゃなかったのに・・・・」と出産後、大変後悔しました。

まとめ

いかがでしたか?

これをご覧のあなたには、私のような出産は絶対にして欲しくないので、是非、この記事を参考にしていただけたらと思います。

もちろん運動も大切ですが、人間にとって食べること眠ることは本当に大切なことです。

ましてやパワーを充電しておかねばならない妊婦さんなら尚のことです。

しっかりと栄養のある物を食べて、夜は寝て、後悔のないお産ができることを願っています。

また、出産のしんどさは千差万別です。

10人いれば10通りのお産があります。

友人や親の体験談を聞くことは大切ですが、それだけで自分の出産に対しやみくもに恐怖を持つ必要はないと思います。

実際、私の友人で出産が軽くで済んだ人はたくさんいます。

恐怖やストレスがあるとマタニティーブルーになったり、妊娠生活も楽しくないので、あくまで参考程度に、気楽に聞きましょう。

あなたの元に可愛い天使のような赤ちゃんが生まれてきますように。

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