運営者Profile

運営者、多夢

こんにちは、多夢(たむ)です。

私のプロフィールを見てくださってどうもありがとうございます。

私は現在、1人の娘を育てる主婦です。

これまで私は、「人と比べられる」ということに長年コンプレックスを抱いていたので、人と比べられないような仕事がしたいと今の生活を選びました。

今は人と比べられない環境で「自分らしさ」を存分に発揮し仕事をしていますが、過去は人と比べて辛くなったり、自分らしさを自分で押し殺したりといった時期もありました。

これまでの私の生い立ち、ブログを始めた経緯、ブログ開始3ヶ月で0から月収5万円を達成するようになった過程、ブログをしていく中で自分を表現できるようになったことについてご覧いただければ嬉しいです。

人と比較される原因は「双子」として生まれたから

双子

私は双子の長女として生まれました。一卵性双生児だったので、見た目も声もソックリで、周りから当たり前のように間違えられる日々でした。

幼い頃から、いつも「どっちがお姉ちゃん?」と聞かれ自分が手を挙げていたので、自分は姉なのだという気持ちが芽生えていたと思います。

私と妹は学校は勿論のこと、習い事や学習塾、近所の友だちと遊ぶのもずっと一緒でした。

習い事や学習塾では、「◯◯姉妹の姉」とか「双子の片割れ」と言われていました。酷い時は妹のクラスの友だちから「○○ちゃんの分身の方」と言われることもあり、1人の人間として見てもらいたいとずっと思っていました。

幼い頃から、常に「容姿」「才能」「性格」全てにおいて周りから比べられるので、私が妹を羨ましがったり、妹が私を羨ましがったりと、お互いに悲しい思いもしてきました。

また、負けず嫌いな妹は私に対して闘争心がとても激しかったので、その熱意が私に痛いほど伝わり、いつも「姉妹で競争したくないのになぁ…」と心の中で思ってました。

自分の「個性」を出せなかった時期

私自身、母に褒められることが凄く嬉しかったので、褒められたいという思いがどんどん強くなっていきました。

本当は比べられることが嫌で妹とは似ていない自分の個性を出したいと思っていましたが、親から「褒められたい」とか「良い子と思われたい」という一心で自分の個性を押し殺してしまいました。

親にとっての良い子を演じ、私自身の個性が出せず、枠にはまった一般的でどこにでもいるような女の子になっていました。

私が「自分らしく」生きて良いと気付いた瞬間

自分自身

個性を出せないまま良い子で育った私は、次第に良い子でいることに疲れていき、大学に入学する前にある女性に相談します。

それは母の友人なのですが、その人は明るく凄くパワフルな女性で、母や私や妹は辛いことがあった時はその女性によく相談したりして、勇気や元気を貰えるような尊敬できる存在でした。

私はその女性に、最近自分の生活が何をしても楽しくないということを相談しました。

相談するとその女性から私は、「貴方を見ていると良い子すぎるから心配なの…もっと悪あがきしなさい。」と言われてしまいました。

それは、私が「自分」というものをさらけ出して生きていないから何をしても楽しくなかったようで、その「悪あがき」というのが、比較されることが嫌で埋没してしまった私の「個性」を出すということだったのです。

「型からはずれて、『多夢』本来の姿でのびのびと生きなさい、そして母親の目を気にせずもっと「貴方らしく」生きてみなさい!」と言われました。

正直この言葉には今までの私の価値観や概念が覆されたというか、「私って母親の目を気にしていたんだ」とか「もっと何でもして自分らしく生きて良いんだ」とか色々と自分の中での気付きがあった言葉でした。

私はこれまで、自分という人間を比較される中で、自分自身で「自分らしさ」というものを無意識に型の中にはめ込んでしまっていたのかもしれません。

その女性が教えてくれた心優しいアドバイスで、私は心の中にふつふつと抱いていた心の塊が一気に流れ出たようで、何も喋れずただただ涙がこぼれました

その言葉に救われ、私の考え方は変わっていきます。

比較から開放された大学時代

私は妹と違う大学に進学し、大学時代は周りから比べられることが一切なくなりました

自分自身で決めた好きな友人たちと付き合い、好きな教科を選択し講義を受け、好きなバイトをしてお金を稼ぎ、とにかく何でも自分のしたいことをして自由でとても楽しいキャンパスライフを送っていました。

これまで比較され続けてきた自分にとって、個性を出しながら自分の責任において自分の決断で自由に生活できるというのはとても新鮮なことでした。

また、私は大学で国際関係の福祉科を専攻していた為、学んでいく中で国際ボランティアに対しては「いつか海外に行って自分がやってみたい」という憧れが強くありました。

そして私は、自分の今までやりたかった想いを最後に形にしようと、卒業前にあるとんでもない行動に出ます。

それは、「1人で国際ボランティア活動に参加する」ということでした。

親に相談しても最初から反対されることは目に見えてわかっていたので、事後報告にしました。そして現地でフィリピンや日本の友人を作ろうと、誰にも言わずに行くことにしました。

フィリピンの孤児院を訪問して子どもたちと一緒に遊んだり、スラム街でストリートチルドレンたちの現状をこの目で見てきました。

メディアでは伝わらない現実を自分の目で確かめたくて参加したのですが、実際に訪問してみると自分が想像していた以上の状況で、私の「ボランティアすれば誰かが笑顔になるのではないか」という傲慢な気持ちはボロボロに崩れ去り、ボランティアをやろうと軽く考えていた自分を恥ずかしく思いました。

今考えると危険な国に1人で参加するというのは結構無謀な挑戦だなと思うのですが、それが私の「個性」を出して自分のやりたいことをやる「悪あがき」だったのかもしれません。

「自分らしさ」を出したことにより、たくさんの気付きや学びがありました。

そして私は自分らしさを開放した大学生活を終え、社会人となります。

再び私に舞い戻ってきた比較の苦悩

仕事、業績

私は損害保険会社の営業職として働いていました。

就職活動中から一途に想い続けていた念願の会社に入社する事ができ、当時は本当に嬉しかったです。

仕事内容は、自社の保険商品を扱う既存の代理店に対して働きかけたり、他社の商品を扱う代理店に対して自社の商品の優位性を伝え、マーケットの新規開拓をしていく仕事などです。

営業職ということもあり、毎日毎日、個人の数字(収益)に追われる日々が続きました。

私は大学時代に、ようやく人と比べられることから開放され個性を出せたのも束の間、働くようになってからは毎日のように先輩や周りの社員と自分が比べていました。

また、周囲にあまりにも能力の高い人が多く、私は良い刺激を受けるどころか、他人と自分とを比較してズタボロになるまで自分を責め「自ら、自分の居場所と自信を無くしてしまった」のです。

あんなに幼い頃から比べられてきて嫌だったのに、生まれながらに比べられ続けてきた私は自分と誰かを常に比較するようになってしまっていたのです!

それからというもの、私は自分のやっていること全てに自信がもてなくなり、身体にも支障をきたすようになりました。仕事のことを考えるだけで過呼吸になったり、全身にじんましんが出て、痒くて痒くていてもたってもいられない状態でした。

「私は身体をこんなにまでして一体ここで何の為に働いているのだろう?」

「私ってなんでまた人と比べてしまうんだろう?」

「何を実現したくてこの会社に入社したんだっけ?」

そんな風に私の心は荒み、捻くれていきました。

「結婚」→「退職」という一つの転機

結婚、退職

そんな気持ちを抱えたまま、在職中に今の主人と出会い、結婚することになりました。

主人は「家にいて家事や子育てをして欲しい」という考え方の人なので、主人との結婚を機にキッパリと仕事を辞め、家庭に入る決断をしました。

しかし会社で成果を残せていない自分は、会社からも弱い自分からも逃げるようで、自分の中で仕事をやり残した感じや戸惑いもありました。

でもこんな自分のコンプレックスを抱えたまま仕事をしても、「自分らしさ」が発揮できずに数字に追われるまま代わり映えのしない毎日をひたすらに働くだけだと感じていました。

だから私は、人と比べられない環境自分らしく個性を発揮できる仕事がしたいと心に決め退職しました。

退職してから私は「自分らしさ」が活かせる仕事を探してみようと色々とチャレンジしてみましたが、実際は上手くいかない事ばかりでした。

そもそも会社員である以上、誰かと比べられるというのはつきものだった。

英語を活かした仕事で働くも、結局周りのペラペラのバイリンガル達と自分とを比べてしまった。

1人でできるライターの仕事をしたけど、自分のモノとして形に残らないから「個性」や「アイディア」が他人のものになってしまう…。

私は、会社を退職した後にようやく気付いたのです。

「社会人でいる限り比較される環境だし、人はネームじゃなくて自分自身を見てもらうもの」だと…。

私は学歴や大手企業や、そんな体裁や人(親)の目ばかりを気にして何もかもが中途半端だったから、自分らしさを存分に発揮することもできず、個性を磨くことをしてこなかったんだ。

結局、会社を辞めてしまった今の私にはもう何も残ってないんだ…」と。

「これまで何をしてきたのか」と自分に情けないやら恥ずかしいやらで、とても辛かったのを今でも覚えています。

大きな組織では自分らしさが出せず、個性が埋没してしまった私…

退職後仕事を探すも人と比べられない環境が見つからない私…

私は何も持っていない自分に対して悔しくて悔しくて、比較のないフィールドで「絶対に私がいないとダメだ!私じゃなきゃダメだ!」と人から思って貰える仕事を見つけてやると思いました。

「自分の個性を好んでくれ、心から自分が必要とされるような仕事をしよう!」と心に決めた瞬間でした。

最終的にたどり着いたのがブログだった

自分と向き合う仕事

その頃「妊娠と出産」を経験して0歳の娘が1人いたので、家で働ける仕事というのは大前提にありました。

元々文章を書くことが好きだったので、自分の体験談や学んだことの情報を文章として発信して、疑問に思っている人や困っている人の役に立つことができないかな?と考えるようになりました。

ライターの経験もありましたが、ライターは人に提供した時点で自分のものにはならないと思っていたので、何か自分の想いや個性を人に伝え、自分の資産として残るようなことがしたいと思っていました。

そう考えた時に最終的にたどり着いたのがブログアフィリエイトでした。

アフィリエイトという存在は知っており、過去にアフィリエイトの教材を取り寄せて少しだけ挑戦した経験はあったのですが、パソコン操作もあまり得意な方ではなかったし、専門用語が多すぎて何をどうして良いか全くわからず途中で諦めていたので、今回やることに少し抵抗はありました。

でも「やっぱり自宅で出来て、自分の行為が何か人の役に立つことってこれしかない!」とブログアフィリエイトをもう一度真剣にやろうと決めました。

例えば自分の「妊娠」「出産」「子育て」という経験談は、私自身が身を持って学んだことだし、それらを伝えることで、「初めて妊娠して色々と不安な妊婦さん」や「出産を控えているから子育てについて色々と知りたいママ」などのお役に立てるのではないかと思っているからです。

また、私と同じように自分を思う存分表現したい方や、自分が子育てをしながら収益化に成功した経験から、自宅で収入を得たい方のお役にも立てると感じたからです。

そしてブログを書くに当たって、私自身がぶち当たった壁や学んだ点などもお伝えさえていただいているので、きっと見た方に役立ったと思って貰えると確信しています。

それが後の、私の「個性」を少しずつ表現していくという作業に繋がっていきます。

自己流で「Google AdSense」に落ちまくった時期

落ちる

それからというもの、私は必死でブログ開設までの設定をし、無我夢中で記事を書き始めました。

「独学」と言うと聞こえは良いのかもしれませんが、わからない事はネットの検索と本に頼り、全てが自己流だったので、経験もなくコツも知らない私に簡単にできるわけがありませんでした。

進めていく中で私が最初に一番苦しんだのが、「Google AdSenseに合格しない」ことでした。

Google AdSenseというのは、自分のブログにGoogleの広告を貼ってそこから広告収入を得る仕組みなのですが、Googleの広告を貼るには審査が必要になります。

自慢ではありませんが、その審査に私は18回不合格で19回目にようやく合格しています。

Google AdSense
アドセンスに18回落ちた私が19回目で合格した体験談と6つの対策!なんと私は、タイトルにもある通りアドセンスに18回落ちました!!! 自慢することではないですが、こんなに落ちた人も珍しいのではないでし...

審査に通らなければ収益そのものが生まれないので、いくら記事を書いても仕事にはなりません。

何度申請しても合格しない為、もう完全にGoogleから嫌われたと私は落ち込んでおり、早く結果を出したいともがいていました。

そしてどうしようもなく「また挫折しちゃうのかな…」なんて途方に暮れていたところ、昔アフィリエイトの存在を教えてくれた友人から「誰かのコンサルを受けるべきだよ、自分もコンサルを受けてから凄く変われた。」と教えて貰い、私はありがたいことに今の「メンター(師匠)」と巡り会うことができました。

そして私はメンターといういつでも相談できる心の拠り所のような存在を手に入れ、メンターから指導を受けながら記事更新を進めていくようになりました。

私の焦る気持ちとは裏腹に、メンター(師匠)は冷静に私のどこがいけないのかを客観的に分析してくれ、どのように改善すれば良いのかを的確に教えてくれたので、自分では絶対に気付かなかった新たな発見がたくさんあり、その時に本当にコンサルを受け始めて良かったと感じました。

そしてメンターのお陰で、私もようやくGoogle AdSenseに合格することができました

メンター(師匠)は、私に技術的な面だけでなく、やる気や夢も与えてくれるような存在で、仕事を心の底から楽しんでいて、外見だけでなく内面からもキラキラ輝いています。

それから私の収益化が始まり、自宅でのライフスタイルが物凄く楽しいものとなっていきます。

ブログの良さに気付く

「自分らしさ」が発揮でき、比較されない仕事

 

自分らしさ

最初は自宅で出来て人の役に立つ仕事ということで始めましたが、アフィリエイトの仕事をしていくうちに、私はアフィリエイトそのものが単なる記事作成ではなく、自分の思考や感情などを文章として表現し人に伝えることができるツールで、「自分らしさ」が発揮できる仕事なんだと気付くようになります。

そしてなにより、「自分らしさ」を出すことで誰にも比べられないフィールドに立てるということです。

私はこれまで、妹と比較されたりソックリだと言われる人生を送ってきました。入社してからは、周りのできる人たちと自分とを比べてきました。

だからこそ比較されない場所で、自分自身の個性をたくさん出していきたいのです。

今では自分が学んだことや知ったこと、わかったこと等、日々の発見をアウトプットするという行意が楽しくてたまりません。

大きな組織の中では、自分の発言なんて所詮1社員の意見に過ぎなくてすぐに消え去りますが、パソコンの中だと自分の中で感じた思いを自由に表現でき、しかもずっと自分の物として大切に残すことができます。

「自分と向き合い」「自分のペース」でできる仕事

運営者プロフィール

今の仕事は「自分と向き合い」「自分のペースで」できます。

誰かと比べて自分を卑下するような環境下にもなく、自分のペースで仕事ができるからこそ自分自身を見失うことがなく自分らしくいれます。

人からの評価も勿論大事かもしれませんが、これまで比べられてきた私は、個性を出して自分らしく働くことの方が人生においてより重要視しています。

また、ストレスを強く感じる仕事よりも、自分で自発的に勉強しながら好きな事をする仕事は私にとってとても根気良く続けられ、性に合っていると思っています。

ブログアフィリエイトは、「誰とも比べられない」ということと、「自分という人間をしっかりと見てもらう」ということを実現してくれる仕事です。

突然思わぬ収入が得られる仕事(私の初心者の頃の実績)

誰でも最初はまったくの無収入の所から始まりますが、0を1にする事って物凄く難しいですよね。

でも、アフィリエイトは本当に0から1を生み出して、その後は思わぬ収入を出していってくれます。

私は初心者の頃、初めての収入がブログをやり始めて3日後の8円でした。

アドセンス収入

もしかしたら誤クリックだったかもしれませんが、あの時の感動は今でも忘れません。

その後トレンドブログを書き始めて1ヶ月は全くアクセスも来ず収入も100円以下しか得られませんでしたが、50日後にはある記事がヒットしてリアルタイムで906人来たので、「こんなにいきなりアクセスが伸びるものなの!?」と驚きました。

実績

そして2ヶ月と2週間経ったある日、私の日収は7,000円を超えました。1日で7,000円というのは、ブログを書き始めて初めて目にした最高金額だったので、「1日でこんなに稼げるの!?」と物凄くテンションが上がりました。

そして3ヶ月目の終わりには、リアルタイムで1260人の方が来るようになりました!リアルタイムで4ケタは目標だったので、結構早くに達成してくれて嬉しかったです!

リアルタイム

初心者だった私でも、0から収入を生み出す事ができたと思うと凄く嬉しかったです。

ご参考までに、私のブログアフィリエイト開始当初の3ヶ月分の収入額です。

1ヶ月目:AdSense収入額が7,733円

2ヶ月目:AdSense収入額が9,956円

3ヶ月目:AdSense収入額が43,997円、ASP収入額が8,500円

いかがですか?

3ヶ月目で収入が大きく跳ね上がりました。

アフィリエイトで簡単に誰でもすぐに収入が発生するということではありませんし、初心者の頃に楽してたくさん稼げるというわけでもありません。

アフィリエイト全くの初心者の私が1ヶ月目から収入が発生したのは、私が凄いのでもなんでもなくて、「稼げる方法を」実際に稼いでいるメンターから教えて貰ったからです。

私は自分1人の力では、1ヶ月目から収入を生み出すことは出来なかったと思います。

経験、知識、スキルがある実践者は、やはり物凄くコツや手法を知っています。

何が何でも自分の力で成果を出すのも一つの手かもしれませんが、私はわからない事は素直に教えて貰うということを実践してきたので、効率的に稼ぐことができ、わりと早い段階で収入に繋がったのではないかと思っています。

しかし、私自身もメンターに頼りきりになるのではなく、積極的に質問したり提案したりを繰り返しながら日々工夫を重ねて努力してきました。やはりビジネスをやる上で積極性モチベーションの高さは何よりも大切だと思います。

最初の頃の収入がない時期でも、あなたが書く記事は必ず後々あなたの財産になると思います!

是非あなたもチャレンジしてみてください!!

ブログアフィリエイトの魅力は本当にたくさんあるので、これをご覧のあなたにブログアフィリエイトの本当の良さがたくさん伝わると嬉しいです♪

私の夢

夢

私の夢は、毎日楽しくたくさん稼ぎ、休日は家族で遊んだり旅行したりと、家族での日常の楽しい時間をたくさん持つことです。

主人も私も今以上に時間や資金に余裕ができれば、人生のうち一度で良いので、家族で世界一周クルーズがしてみたいです。

このように夢を持つと、ワクワクしてやる気や希望も湧いてきますよね。

あなたにはどんな夢がありますか?

これまでお伝えした、「自分らしさを存分に発揮し、誰とも比較されない仕事ができる」「自分の個性を知ってもらい、人に必要と思われる仕事が自分のペースでできる」そんな働き方が可能です。

だから私は、自分の今のライフスタイルやこれまで仕事で経験したこと、感じたことををたくさんの人に発信して、あなたにも「自分らしい生き方」を見つけていってほしいと願っています。

以上が私、多夢(たむ)のプロフィールです。

まだまだ未熟者ですが、いつでも「夢は多く」持っていたいという気持ちが念頭にあります。

なので「多夢(たむ)」と名付けています。

あなたも私と一緒に多くの夢を持って頑張っていきませんか?

私は「人と比べられる」という辛い経験をしてきて今のライフスタイルを手に入れたからこそ、少しでもあなたの心の不安や迷いに共感できると思っています。

是非、こんな私にご興味がありましたら色々と私のブログを読んでみてください!

あなたにもどうか幸せが届きますように!

最後に

私の無料メルマガでは、私が子育てしながらお金を稼いで豊かになった方法自分の時間が持てるようになったテクニックなどを再現性の高い手法でお伝えしています。

もしあなたも、お金や時間にゆとりを持ち、家族との人生を豊かに過ごしていきたいと考えておられるなら、無料メルマガにご登録いただき、ぜひ読んでいただければ嬉しいです。

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こんな方にはぜひオススメな内容となっております!

私が配信している無料メルマガでは、私が知識もスキルも全くなかった状態からどうやって収益化に成功し、理想のライフスタイルを実現することができたのか。

これまでどんな風に考え、行動してきたのかなどを詳しくお伝えしています。

このきっかけが、あなたの理想へと近づく第一歩になればとても嬉しく思います。

最後までご覧いただきましてありがとうございました♪

多夢